アーカイブ

戦後復興期の昭和二〇年代

敗戦後の復興期は化粧品産業の復興期でもあるが、化粧品製造原料の確保もままならず、GHQの指令により商工省からの化粧品原料資材の割り当てが行われた。昭和二一年は出荷金額も四億四九一二万円と規模も少額であり、二二年四月は独占禁止法が公布された。二三年には原材料の確保もほぼ緩和されるとともに公定価格も次々と廃止され、化粧品の製造が軌道に乗り三一億円、前年比二三八・九%の驚異的な飛躍をなしとげる。二四年から資料提供される本舗の数も記録に残されるようになり、翌二五年六月は朝鮮戦争が勃発、朝鮮特需が起こり日本経済を活性化させる原動力となった。その後特需景気の反動で不況にみまわれるが、化粧品産業は根強い需要のなかで順調な伸びを示す。二六年にはサンフランシスコ講和条約の締結とともに戦後の占領下の象徴であったGHQの支配が終焉をつげ、経済活動も一気に加速し、化粧品業界も一〇〇億の大台を突破、一二一億円となる。二八年九月には独占禁止法の適用除外として化粧品の再販売価格維持制度が制定され、制度品化粧品メーカー興隆の基盤が築かれることとなる。その中心が宣伝、販売促進などマーケティング的活動である。化粧品とマーケティングは切り離すことができないほど密接な関連を持つが、学習院大学専務理事・教授で流通経済研究所理事長の田島義博氏によれば「マーケティングが産業界に導入されたのは、昭和三〇年、石坂泰三を団長とするトップマネジメント視察団が米国を訪れて、その技法を学んだ結果」(日経文庫『昭和経済史』〈中〉)と紹介している。
(オススメサイト)
美白化粧品選びのテク

美白化粧品選びの動向

美白化粧品選びのウソ、ホント